カテゴリー別アーカイブ: 帰りたい風景

『田島隆夫の織と繪』 ~この一冊★本日休館コレクション No.6

   8月下旬、個人美術館フロムウィンズ(神奈川県南足柄市雨坪404)にて開かれている『企画展 没後20年 田島隆夫の彩墨画』に妻と行ってきました。  今回が初公開となる「千字文」を含む30数点、と案内にありま…Read More

「芸術新潮 1987年11月号」とめぐり逢う

 その日、BOOKOFFロッテシティ錦糸町店に1冊だけあった雑誌「芸術新潮」は、新刊のまま年月を経てずっとそこにあるような、素晴らしい状態のものでした。  表紙を見て「気まぐれ美術館」が連載されている時代のものだろうと思…Read More

「中野坂上のこおろぎ」より

・・・・・・・・・  絵だけの絵というものの凄さを、やはりこの二月、私は館林の市民会館で、藤巻義夫の「隅田川絵巻」を見て痛感した。痛感しながら、同時に、一種の戦慄を感じた。 ・・・・・・  絵巻はどの部分をとっても、はっ…Read More

不思議な展覧会「洲之内徹と現代画廊 昭和を生きた目と精神」

要するに、私はただ「私にとって絵とは何か」を問い続けているのだ――さまざまな絵や風景との出会いの中で、そこにひそむ人間の生に戸惑い、考え、感動し、時には目まいを覚えつつ暮らす一画廊主の日々。  これは、洲之内徹『気まぐれ…Read More

「帰りたい風景」

「…………  佐伯さんの抱えてきたカルトンの中身は、この春、彼女が郷里の吉浦へ帰っていたときの水墨の作品であった。私は、初め、その作品に溢れている優しさ、懐しさは、彼女が自分の生まれ育った土地に対して抱いている優しさと懐…Read More

「うずくまる」

「マドリッド」というその絵が私は気になってしようがない。ズッコケているようで、カチッとしているようで、こんどの展覧会の中で私のいちばん好きな絵でありながら、なんとなく正体が?めない。その絵は私が喜多村さんの家に行った日、…Read More

「眼と耳と」

「…………  書くという行為には、書いたものを見るという行為が含まれている。それともそれを見るということが前提であるかもしれない。そう気がついて、私は更に、素描における線というもののことを考えてみた。線とは何かということ…Read More

「ゴルキという魚」

「………… 私は、しかし、松田さんの、形がただすうとしてというひと言が耳に残った。何十年も形をさぐり続けているこの人の、これ以上うまく言えないという感じがでていたからだろう。松田さんの古い土蔵をそのまま使ったアトリエには…Read More

「海辺の墓」

「元来、コレクションをしようという気も、私はなかった。コレクションというのは、まず金持でなければやれないというのが自明の大原則で、金もないのに蒐集をしようなどとは、どだい無理な相談だとは初めから承知していた。それに、これ…Read More

「オールドパア」

「…………私はこの頃、ひと頃流行(はや)った「暗い谷間」とか、「時代の証人」とかいう言葉、また、「戦争責任」とか「抵抗」とかいう言葉からも感じられるようなある被害者意識、あるいは被害者の立場だけから戦争と画家の関係を見る…Read More