カテゴリー別アーカイブ: 気まぐれ美術館

「いっぽんのあきビンの」より

・・・・・  それにしても、こんなに絵具を盛り上げる必要があるのかという疑問が私なんかには起こるが、しかし、厚塗りというのは、技法というよりも思想だろう。そうしなければ自分の考えているものが実現せず、それでも、まだ出ない…Read More

「ひたひたの水」(気まぐれ美術館-人魚を見た人)より

・・・・・・ セブン・イレブンでコーヒーを飲んでから、夜中の街をぶらぶら歩いて、新大橋の上まで行ってみることもある。四、五年前に架け替えになったばかりの新大橋は、オレンジ色の大鉄柱が二本、橋の中央に並んで立ち、その鉄柱か…Read More

<海老原喜之助「ポアソニエール」>と出会う

 海老原喜之助の『ポアソニエール』をはじめて見た。美術評論家洲之内徹の評論集「絵のなかの散歩」を読んではじめて作家について知った。そして複製画で作品を見る機会はたびたびあったが、期待していた感動体験は共有されることはなか…Read More

不思議な展覧会「洲之内徹と現代画廊 昭和を生きた目と精神」

要するに、私はただ「私にとって絵とは何か」を問い続けているのだ――さまざまな絵や風景との出会いの中で、そこにひそむ人間の生に戸惑い、考え、感動し、時には目まいを覚えつつ暮らす一画廊主の日々。  これは、洲之内徹『気まぐれ…Read More

「土井虎賀壽-素描と放浪と狂気と」より

・・・・・・  ところで、そういう読み方でこの本を読みながら、どうかすると、私はこの本の哲学的な主題ではなく、この哲学者の描いたデッサンを思い浮かべていることがある。いつの間にか、この人のデッサンを頭に置いて本を読んでい…Read More

「エノケンさんにあげようと思った絵」より

・・・・・・ 講談社版の『長谷川利行画集』には、宮川寅雄氏が「長谷川利行とその芸術」という文章を書いていられる。宮川さんは昭和三十三年の「美術手帖」八月号に長谷川利行論を書いて以来、何度も利行について書き、氏の利行論には…Read More

「続山荘記」(『気まぐれ美術館』)より

………… 佐藤哲三の作品と向きあうと、私は、いつも、他の絵には感じない、ある特別なものを感じる。なんとなく客観的になれないのだ。しかも、その感じが作品のほうにあるのか、見る私のほうにあるのか、それが私にはよく判らない。い…Read More