カテゴリー別アーカイブ: 写真・映像・イメージ冒険

写真家・荒木経惟への食べず嫌いが治った

 不意打ちだった。その写真を目にしたときに、熱いものが目頭にあふれてきた。 熱い感情に気持ちが激しく掻き乱されたという実感はなかったが、目頭に熱いものがあふれてきて、いまにも零れそうになったのだった。奇妙な体験だった。 …Read More

『北へ、北から 小島一郎』『須賀敦子の世界展』

 11月初旬、妻とクレマチスの丘(静岡県長泉町)にあるIZU PHOTO MUSEUMにて開催されていた『北へ、北から 小島一郎』写真展に行ってきました。ここは写真家・杉本博司が設計(内装・坪庭)を手がけたことでも話題に…Read More

篠山紀信の写真に心を浄化われた

 未整理の雑誌切抜きを整理していたら、篠山紀信とアンリ・カルティエ・ブレッソンのカメラ雑誌からの写真の切抜きが見つかった。ブレッソンのタイトルは<コミューン>、篠山のタイトルは<静かな国>となっている。くしくも二人が同じ…Read More

あらためて、絵画、写真などを見るということについて

初期からその晩年にいたるまで松本竣介の作品を見る機会を持ったときに、緑青を主調音とするある時期の作品群から連鎖反応的に村山槐多の「二少年の図」が脳裏に浮かび、その「二少年の図」という作品を小説家江戸川乱歩がながく愛蔵して…Read More

絵の複製が美しいと感じるとき

久しぶりにサルバドール・ダリ、ポール・デルボーそしてルネ・マグリットなどシュルレアリストたちの絵画を見る機会があった。彼らの作品と初めて出会ったときの新鮮な衝撃はいまだ記憶の底に残っている。手元に彼らの画集、展覧会の図録…Read More

喪失感の由来はなにか?

東京写真美術館で開催されたフランスの写真家R・ドアノー、そして戦前に活躍した堀野正雄の写真展「幻のモダニストー写真家堀野正雄の世界」を見た。ドアノーはブレッソン、ブラッサイとともに写真の魅力を教えてくれた写真家たちの一人…Read More

美しいと感じることにおいて、不謹慎とは何を意味するのか?

篠山紀信写真展「ATOKATA」を見た。昨年の03月11日に起きた東日本大震災の被災地を、発生から50日後に篠山紀信が撮影した写真であるという。05月から08月にかけて、篠山紀信は三回、被災地に足を踏み入れているという。…Read More

尻は語る

他者の視線と出会ったときに、人はどのような身構えをとるのだろうか。またその生理的、反射的ともいえる身構えはその人のすべてを語っているのではないか。 染谷レイコ写真展からうけた感想である。他者の視線と出会ったとき、人はさま…Read More

「晴れた日」が欲しかった

中平卓馬の写真を見た。四半世紀ぶりのことだった。「Documentary」と銘うたれた作品展には、05年から10年にかけて撮影された作品が展示されていた。あわせて、71年にパリ青年ビエンナーレ「サーキュレーションー日付・…Read More